2008年11月29日
◆東 浩樹『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』
10年前にちょっとだけ話題になった本。
1、2年前に続編が出ました。僕は今日続編を買ってきました。
では感想を……。
今回、文章力や論理力を鍛えるために、長く書いてみます。誰も読んでなさそうですから、まぁいいですよね……。
90年代のオタクたちが求めているのは「データベース」、つまりは「萌え要素」そのもので、作品の質や物語やメッセージには興味を示さなくなってきていると……。
そして盲目的に、その媒体を通して「萌え要素」にハァハァして、自分の欲求を満たすことによって、どんどん動物化(欠乏→満足という単純な思考回路しか持たなくなる)してしまっている現状を、危惧しています……。
たしかに今でも、完全にそれはいえると思います。オタクたちの人間性が、薄れていっています。
僕は、この本が発売されて2008年に至る10年間の間にオタクになりました……。
その10年間を踏まえて、現在感じているオタク世界について思うことがあるので、ツマラナイですが、チョットダケ、ヨイトマケ、書いてみたいと思います。
僕が言いたいことは、完全にアニメ界は衰退しましたってことです……w
数年前、電車男やしょこたんの影響で秋葉系とかいう名称がメジャーになって、ニュースでもオタクたちやオタク文化がかなり取り上げられたりしていました。
その流れで、『涼宮ハルヒの憂鬱』が社会現象を巻き起こしました。
僕はリアルタイムなエヴァ世代ではないのですが(エヴァは大好きです……)、エヴァに近い勢いだったのではないでしょうか?
『涼宮ハルヒの憂鬱』や、先に書いた社会の背景によって、もともとサブカルなものであったオタク文化は、完全に大衆に飲み込まれました……。
今ヤンキー風女子高生も、メンズエッグ風男子高生も、キャバ嬢もホストも普通にラノベを読んで深夜アニメを見てアニメイトに行ったりしています。
僕は、オタク文化がそういった大衆に飲み込まれてしまうことが別に嫌ではないのですが(たしかに同族意識的な、帰属できる場所がなくなってしまいそうで悲しいですが……)、ヤダなと思っているのは、そういった大衆によって、完全にキャラが記号化されて、作品の質やメッセージが完全にどうでもよく思われているところです……。
『涼宮ハルヒの憂鬱』を見たことがなくても、ニコニコを通してハルヒのキャラや歌だけを知って、「萌え〜」と言っている人たちをたくさん知っています……。
販売戦略上、萌えを意識せざるを得なかったとは思うのですが……。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は、ぜんぜん浅いものではないと思いますし、京アニもかなり力を込めて作っています。
長いことアニメやラノベの世界で生きてきたオタクたちは、そういった原作の質や京アニの心意気を分かっているはずなのです。
でも、大衆によって、勝手に『涼宮ハルヒの憂鬱』は萌えアニメだーとされて、どんどんそこから派生していってアニメ界全体の質を落としてしまっている気がするのです……。
もう最近のアニメのキャラは完全に記号化されてしまっています。まぁ、実はハルヒはけっこうそこを意識して書かれているのですが……。
1年に1回は必ずCV:釘宮のツンデレキャラが出てくるアニメが放送されます……。そして、それらを編集した動画がニコニコでアップされ、大衆によっていいように弄ばれます。
ここらでエヴァのように、オタクを納得させつつ、そういった大衆にも本当の意味で深い影響を与えるアニメが出てきて欲しいと、僕はかなり願っています……。
期待しているのはハルヒ第二期(まったく新しいアニメとして作ると言っていた辺りから、やってやるぜ的な強い意志を感じるのは、僕だけでしょうか……)とシャフト。特に新房昭之さん。
『ぱにぽにだっしゅ!』は、危ういネタやパロという、深夜アニメの利点を究極まで生かした神作品だと思います。なんだかこの人はとんでもないことをやってくれそうな気がします……。
というわけで、アニメ界は衰退したように思います。
ハルヒ第二期と化物語に若干の期待を寄せつつ……ヒャッコ見てきます……。
◆大江 健三郎『芽むしり仔撃ち』
生ですね。
期待されない子供たちは、大人たちにとって罪の代替物でしかないのでしょうね……。
あ、もちろん戦後の話ですが……。
子供たちは、何も知らないのです。戦争とはいったい何なのか? や、効率のいい生き方、それから恋についてなんかもです。
結局は死んで、埋められた動物たちと同じ扱いです。
大人の計画がたとえ予想通りにいかなかったとしても、それで大人の完全な優位性が失われることはありません。
世界を少しだけ知っているものと、世界に閉じ込められたものの間には、でっかい壁が存在するのでしょうね……。
しかしこんな読み方しか出来ない僕は、まだまだ勉強が足りないのかもしれません。
というか、読みにくいです……(泣
学校で先生が大江を村上春樹と比較して、こう言っていました。
「村上春樹の文体はカッコ付けなんですね〜、それに対して大江は土着的で愛嬌があるんですね〜。エッエッエッ……」
もしこのブログをクラスメイトが見ていたら、誰のモノマネか分かると思います。
10年前にちょっとだけ話題になった本。
1、2年前に続編が出ました。僕は今日続編を買ってきました。
では感想を……。
今回、文章力や論理力を鍛えるために、長く書いてみます。誰も読んでなさそうですから、まぁいいですよね……。
90年代のオタクたちが求めているのは「データベース」、つまりは「萌え要素」そのもので、作品の質や物語やメッセージには興味を示さなくなってきていると……。
そして盲目的に、その媒体を通して「萌え要素」にハァハァして、自分の欲求を満たすことによって、どんどん動物化(欠乏→満足という単純な思考回路しか持たなくなる)してしまっている現状を、危惧しています……。
たしかに今でも、完全にそれはいえると思います。オタクたちの人間性が、薄れていっています。
僕は、この本が発売されて2008年に至る10年間の間にオタクになりました……。
その10年間を踏まえて、現在感じているオタク世界について思うことがあるので、ツマラナイですが、チョットダケ、ヨイトマケ、書いてみたいと思います。
僕が言いたいことは、完全にアニメ界は衰退しましたってことです……w
数年前、電車男やしょこたんの影響で秋葉系とかいう名称がメジャーになって、ニュースでもオタクたちやオタク文化がかなり取り上げられたりしていました。
その流れで、『涼宮ハルヒの憂鬱』が社会現象を巻き起こしました。
僕はリアルタイムなエヴァ世代ではないのですが(エヴァは大好きです……)、エヴァに近い勢いだったのではないでしょうか?
『涼宮ハルヒの憂鬱』や、先に書いた社会の背景によって、もともとサブカルなものであったオタク文化は、完全に大衆に飲み込まれました……。
今ヤンキー風女子高生も、メンズエッグ風男子高生も、キャバ嬢もホストも普通にラノベを読んで深夜アニメを見てアニメイトに行ったりしています。
僕は、オタク文化がそういった大衆に飲み込まれてしまうことが別に嫌ではないのですが(たしかに同族意識的な、帰属できる場所がなくなってしまいそうで悲しいですが……)、ヤダなと思っているのは、そういった大衆によって、完全にキャラが記号化されて、作品の質やメッセージが完全にどうでもよく思われているところです……。
『涼宮ハルヒの憂鬱』を見たことがなくても、ニコニコを通してハルヒのキャラや歌だけを知って、「萌え〜」と言っている人たちをたくさん知っています……。
販売戦略上、萌えを意識せざるを得なかったとは思うのですが……。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は、ぜんぜん浅いものではないと思いますし、京アニもかなり力を込めて作っています。
長いことアニメやラノベの世界で生きてきたオタクたちは、そういった原作の質や京アニの心意気を分かっているはずなのです。
でも、大衆によって、勝手に『涼宮ハルヒの憂鬱』は萌えアニメだーとされて、どんどんそこから派生していってアニメ界全体の質を落としてしまっている気がするのです……。
もう最近のアニメのキャラは完全に記号化されてしまっています。まぁ、実はハルヒはけっこうそこを意識して書かれているのですが……。
1年に1回は必ずCV:釘宮のツンデレキャラが出てくるアニメが放送されます……。そして、それらを編集した動画がニコニコでアップされ、大衆によっていいように弄ばれます。
ここらでエヴァのように、オタクを納得させつつ、そういった大衆にも本当の意味で深い影響を与えるアニメが出てきて欲しいと、僕はかなり願っています……。
期待しているのはハルヒ第二期(まったく新しいアニメとして作ると言っていた辺りから、やってやるぜ的な強い意志を感じるのは、僕だけでしょうか……)とシャフト。特に新房昭之さん。
『ぱにぽにだっしゅ!』は、危ういネタやパロという、深夜アニメの利点を究極まで生かした神作品だと思います。なんだかこの人はとんでもないことをやってくれそうな気がします……。
というわけで、アニメ界は衰退したように思います。
ハルヒ第二期と化物語に若干の期待を寄せつつ……ヒャッコ見てきます……。
◆大江 健三郎『芽むしり仔撃ち』
生ですね。
期待されない子供たちは、大人たちにとって罪の代替物でしかないのでしょうね……。
あ、もちろん戦後の話ですが……。
子供たちは、何も知らないのです。戦争とはいったい何なのか? や、効率のいい生き方、それから恋についてなんかもです。
結局は死んで、埋められた動物たちと同じ扱いです。
大人の計画がたとえ予想通りにいかなかったとしても、それで大人の完全な優位性が失われることはありません。
世界を少しだけ知っているものと、世界に閉じ込められたものの間には、でっかい壁が存在するのでしょうね……。
しかしこんな読み方しか出来ない僕は、まだまだ勉強が足りないのかもしれません。
というか、読みにくいです……(泣
学校で先生が大江を村上春樹と比較して、こう言っていました。
「村上春樹の文体はカッコ付けなんですね〜、それに対して大江は土着的で愛嬌があるんですね〜。エッエッエッ……」
もしこのブログをクラスメイトが見ていたら、誰のモノマネか分かると思います。
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